宇多田さんの母で歌手の藤圭子さんが、自らの人生に幕を引いたのは2013年8月22日。
今からちょうど10年前のことでした。
高度成長期の1960年代末に「怨歌(えんか)」と呼ばれる独自のジャンルを確立するほど一世を風靡した藤さん。
そんな「昭和の歌姫」の突然の訃報は、当時大きなニュースとなりました。
2023年8月22日、宇多田さんは自身のXでこのようにつづっています。
「死に正しいも正しくないも自然も不自然もない」
「何かをすると決めた人間がそれを実行するのを周りがいつまでも阻止するのはほぼ不可能」
と、この10年で自身が学んだことを明かしました。
「自分を責めるのはまだ手放す準備ができていないから」
続けて、
「今知ってることをまだ知らなかったときを振り返って『ああしていれば』『なぜ気づかなかった』と自分を責めるのはまだ手放す準備ができていないから」
「人が何を感じてどんな思いでいたか、行動の動機やその正当さなんて、本人以外にはわからない。わかりたいと思うのも、わからなくて苦しむのも他者のエゴ」
「『理解できないと受け入れられない』は勘違い(恋人に別れを切り出されて理由と説明をやたら要求するひと的な、一種のパニック状態)で、『受け入れる』は理解しきれない事象に対してすること。理解できないと理解すること」
と近親者の自死を経験した当事者として、冷静に当時を振り返っています。
宇多田さんが考える「故人との向き合い方」
さらに宇多田さんは、
「人が亡くなっても、その人との関係はそこで終わらない。自分との対話を続けていれば、故人との関係も変化し続ける」
と自身の中に生き続ける故人との向き合い方について言及。
「参考になるって思う人が一人でもいたら書いてよかった。 みなさん良い一日を」
とつづり、投稿を締めくくりました。
続きはソースで
https://www.buzzfeed.com/jp/ayakasetoguchi/hikaru-utada230822
「理解できないと理解すること」宇多田ヒカルが“自死遺族”としての思いをつづる。母・藤圭子さんの死から10年 https://t.co/toXjebJVKF
— BuzzFeed Japan (@BuzzFeedJapan) August 22, 2023
世の中のほとんどの出来事は「しかたない」で完結する
全て正しいけど、この認識に至らせうるのは「時間」ではなく「資質」だと思う
わからない人には一生わからないし、わからない度合いの大きい人がカルトにハマる
まあなんだかんだ言ったって生きてる奴みんな死ぬしな。自殺も病死も死んだら同じ「死」だよ
「自分を責めるのはまだ手放す準備ができていないから」手放す準備とは何か
何を手放すの?
執着だろ
他人を自分のものだと思い込んでるから他人の行動に自分の考えを当て嵌めて
そこから外れると「納得できない」になるんだよ
母親の名前も顔も知らんけど(世代が違う?)まあ、わりと正しい対処法かもな
おそらくセラピーなんかを受けたりしていろいろと努力した結果なんだろうけども
どうしたって残された遺族は、ひっかかる部分があるわけで、脳の中にその人との思い出(記憶)があり
それが、何かの折に必ず呼び起こされるわけだから、そうすると「もう居ない・亡くなった」という現実と
自分の頭にある「思い出や記憶」との間からくる溝から、喪失感に襲われたり、なぜ?とか、後悔とかの念に苛むことにもなったりする人間は、自分で自分の頭の中にある記憶を「消す」ことは不可能だから、結果として、自分で自分なりに納得する必要がある
延々と考えてより深みにハマるよりも、あえて手放す事によって楽になるなら、それにこしたことはない
それ(過去の記憶や思い出)に囚われずに、自分の前(人生)を見て生きればいい
今も懐メロ番組でたまにみるけどやっぱり藤圭子は歌が独特で上手いよね
自分から母の曲はカラオケで歌いますって言い出したんだろ
だからキングダムハーツの主題歌任されてきたんだな
よく纏まっていて
それ思った
文章が上手い
宇多田って昔から内省的で思考力のある人だよね
前からずっと心理分析するカウンセリング受けてるらしい
こういうのを公表する有名人は少ないな
1文1文簡潔に要点まとまっててわかりやすいわ
この人はやっぱり頭がいいんだな
本人謎めいた言動も多いけどね
宇多田もエッセイ向きの文書くね
希林の告別式の時の挨拶文は泣いた
ちなみに西城秀樹はSM小説が好きですってベストテンで話して大恥かいてた
頭良いわ宇多田ヒカル
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